Ride to enjoy life.

自分に残された時間には限りがある。キモチの悪い4miniの世界とはオサラバして、カッコいいホンモノのモーターサイクルに乗って美味しいモノを喰いに行き人生を楽しむコトに致しました。

2011年6月2日木曜日

原発なんて全部爆発しちまえばいい







「原発なんて全部爆発しちまえばいい」


朝日新聞に福島の読者(定時制高校教員)から投稿された記事だそうです。


以下全文写し


授業で原発のことに触れた。
「3号機が不調のようだね」と言うと、
4年の男子生徒が怒ったようにこう言った。


「いっそのこと原発なんて全部爆発しちまえばいいんだ!」
 
内心ぎょっとしつつ、理由を聞いた。


「だってさあ、先生、福島市ってこんなに放射能が高いのに
避難区域にならないっていうのおかしいべした(でしょう)。


これって、福島とか郡山を避難区域にしたら、
新幹線を止めなくちゃなんねえ、
高速を止めなくちゃなんねえって、
要するに経済が回らなくなるから避難させねえってことだべ。


つまり俺たちは経済活動の犠牲になって見殺しにされているってことべした。俺はこんな中途半端な状態は我慢できねえ。
だったらもう一回ドカンとなっちまった方がすっきりする」


こういう絶望の声は他の生徒からも聞く。
震災でアルバイトを失った2年生は吐き捨てるように言った。
「なんで俺ばかりこんな目に遭わなくちゃなんねんだ。
どうせなら日本全部が潰れてしまえばいい!」
 
一教師として応える言葉がない。
ぐっと堪えながら耳を澄まし、
高校生がこんな絶望感を与える政府に憤りを覚える。


写し終わり




この記事が投稿されたブログでは、様々な意見が寄せられている。


政府への批判や放射能や風評云々の話を
敢えてココで今更取り上げるつもりは無いが、
考えさせられる意見も幾つか寄せられていた。


「政府は弱者の命よりも経済を優先しているのは間違いない。
でも、被災地の弱者が犠牲になることで助かる弱者も居るのだ」


という意見。


「犠牲になるのは嫌だと戦えば、誰かに負担を背負ってもらうことになる」


確かにその通りなのだ。


だが、その意見は「では誰が負担を負うべきなのか」
という原発問題の答えにはなっていない。


責任は「電気を使って生活してきた全てのニンゲン」にある。


と、オレは思う。


だから「皆で我慢しましょう」と言う
政府の考え方も理解出来ないワケではない。


だが、ソレは電気を使って生活してきた全てのニンゲンが
皆で平等に負担する、というのが前提の話だ。


実際は、電気を使って生活してきた全てのニンゲンが
皆で平等に負担しているのか?というと、そうではない。

アカラサマな強者都合の不条理な不平等がまかり通っている。




「他府県の連中にしてみれば、どうせ余所での出来事だろう」


という、福島の方からの意見もあった。


それに対して、


「あなたは沖縄の基地問題を親身になって考えましたか?
 あなたの番が来ただけですよ。」


と応えた人が居た。


「浜岡」が潰れれば、オレの番だ。


「もんじゅ」の復旧が失敗してもオレの番。


情けない話だが、誰もが自分の順番が来ないと思い知らない。






天変地異と言っても過言ではない震災と
国が潰れるかもしれない原発事故が起こったのにも関わらず
この期に及んでも、政府は「誰が悪い彼が悪い」と責任をなすり合い
「言った言わない」とクダラナイ問答を繰り返しているだけ。


ヤツラは永田町に原発を建てても、同じコトを繰り返すのだろうか。


きっと同じコトを繰り返すんだろうな。





 



 








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